Bag
吉田カバンの創業者、父・吉田吉蔵氏のものづくりを継ぐ <手縫いの革カバンを広める野谷久仁子さん> -後編-
吉田カバン創業者・吉田吉蔵氏の次女である野谷久仁子さんのインタビュー、後編です。
野谷さんが現在行っている手縫いカバン教室について、また今後の活動についてもお話しいただきました。
1 手縫いのカバンを楽しむ人を増やしたい
書籍「手縫いで作る革のカバン」を上梓されたお話を伺いましたが、業界の方が読んでも大変参考になる内容かと思います。そういった意味では、こちらのお教室にはカバン業界の方も習いに来ている方はいるのですか?
野谷さん: いえ、意外だと思われますが、業界で働かれている方はいらっしゃいません。父は「技術者を育てよ」という言い方はしませんでした。「革の手縫いを広めてほしい」というメッセージの真の意味には、技を磨くというより、手縫いの楽しさを味わっていただき、その方の内面から生まれ出たデザインを大切に製作してほしいという思いだと理解しています。
生徒さんたちの作品も、大変個性的で興味深いものばかりです。カバン作りの基本的なカリキュラムを教えたあとは、みなさんの自由に作られているんですね。
野谷さん: はい。ここに生徒さん達のアイデアは本当にユニークで、みなさん違うデザインのものを作っています。今まで見たこともないバッグが出来上がってくるのが、毎回とても面白いです。
描いたデザインを型紙に落として、革を裁断して、縫製して…と、一連のカバン作りがお一人でできるようになっていただきます。量産型の職人ではなく、革の手縫いの良さをわかっていただける方を育成していきたいと思っています。ここを卒業して商売に生かすという方に向けてではなく、“作ることを楽しめる方”に革の面白さを伝えています。
とはいえ、プロのカバン職人さんに引けを取らないくらいの技術力は、ここで教えているつもりです。
なるほど、それは高い技術力が備わるのは間違いないですね。
野谷さん: 父が残した言葉のもう一つは、「吉田カバンの中に革手縫いを残すこと」でした。吉田カバンの社員研修の一環として、ここで若手社員に手縫いを教えています。
また私自身は手縫いの存在を一般の方にも知っていただけるよう、毎週日曜日に表参道の吉田カバンの直営店「PORTER OMOTESANDO」の工房で、手縫いの実演をお見せしています。
そのお姿を見て、手縫いに興味を持つ若い方がいることも伺いました。とても意義深いことだと感じます。
野谷さん: 父からは「カバンの新しい世界を、自分で作るように」と言われていました。手縫いの歴史や技術を押さえつつ、何らかの形で自分のスタイルを打ち出すことが重要だと教えられました。
そして素材の無駄を出さないこと。革には牛が生きていた時のキズがあるのが当たり前。簡単に捨ててしまうのではなく、工夫しながら新しいものへと生まれ変わらせていきたい。手縫いカバンを作る際には、ヌメ革など贅沢な皮革を使うことが多いので、端材といっても良質な素材です。抜いた余り革も捨てずに手元に残しています。
2 端材で作るライフスタイルアイテム
確かに、合成皮革ではないので、キズのない革というのはあり得ないですよね。革には傷など生きていた証があると啓発されているのは、本当に大切なことだと感じます。
野谷さん: 最近ではその端材を使って、糸でかがった革のボタンや、革のクリップボードなどを作ってみました。革を活かしながら、生活の中に馴染むものを生み出していきたいですね。いわゆる工芸品のようなもので、革の世界を狭い範囲に押し込めてしまうのではなく、ライフスタイルに関わるモノや、新しい世界との掛け合わせを楽しむことを、これからはもっと大切にしたいと思っています。
「革」と「糸」との組み合わせは、ありそうでなかったと思います。様々なデザインバリエーションも考えられますね。
野谷さん: はい、そうなんです。このパーツをヘアアクセサリーにしたり、ブローチにしたりとアレンジもできますし。
また最近は、トートバッグに付属する「革のハンドル」「革のベロ」を単品のパーツとして開発して、レザークラフトを楽しんでいる方々に向けての提案を考えました。
立体的に仕立てるのが難しいハンドル部や革ベロを、別売りするという発想です。デザイナーさんにはパッケージデザインを依頼して、売場でも手軽に手に取れるようにしてみました。バッグのハンドルは、丸みの出し方や根革の縫製など、初心者には難しいパーツです。これを別売りすることで、好きな素材のボディに付けていただくことが可能です。
面白いですね!今までなかったアイデアかと思います。確かにバッグのハンドルは、荷重もかかり壊れやすいパーツのひとつなので、プロが作ったハンドルであれば安心ですし、気軽に取り入れられますね。
野谷さん: 父はよく「“ハンドル”はカバンの顔だ」と話していました。ハンドルの種類によってはミシンがかけられないものもあるので、今でも手縫いで仕立てることがあるパーツです。記念館にも、父が製作したカバンのハンドルのサンプルがいくつか展示してありますが、仕事の細かさがよくわかります。
はい、記念館で拝見しました。自然なカーブや握りやすそうな肉盛りが、素晴らしいと感じました。一般的によくお聞きするのが、手縫い箇所であれば糸が切れてもまた修理できるということです。修理しながら繰り返し使えるということで、結果的に手縫いカバンは長く楽しめるということも言えるのではないでしょうか。
野谷さん: そうなんです。ミシンよりも丈夫に仕上がると言えるかもしれません。とはいえ、そう頻繁に修理品も来ないので、手縫いのものは長持ちしているんだと思います。
また父はこんなことも言っていました。「カバンという存在は、持つ人の体に寄り添いながら自然に馴染んでいくことで、ようやく完成する」と。作り手側が主張するのではなく、陰の存在としてその人を支えられれば良いという意味だと思います。カバンが“その人自身”になるまでお使いいただけるならば、こんなに嬉しいことはないですね。
手縫いの世界がこんなに深いものだとは思いませんでした。今日は誠にありがとうございました。いつまでもお元気で、手縫いカバンの世界を広げていただければと思います。
これでインタビューは以上です。
40代になってから、父である吉田吉蔵氏から手ほどきをうけた手縫いの世界。面影を紡ぐようにお話しいただきました。教室には若い世代も多く、コツコツと運針する姿は本当に楽しそうに映りました。ここからまた新しい手縫いの革カバンが生まれることを、心から楽しみにしたいと思います。