Bag
「世界のカバン博物館(エース株式会社)」をご存じですか? <企業博物館の新たなチャレンジ> -後編-
世界のカバンの歴史や文化を伝える「世界のカバン博物館」の館長インタビュー、今回は後編です。いよいよ博物館の内部のコレクションについてお聞きしました。
引き続き館長の難波敏史さんにお話を伺いましたが、緊急事態宣言が発出されたため、取材はオンラインで実施させていただいています。前回はこちら。
1 移動手段の発達で進化してきたカバン
では早速ですが、「世界のカバン博物館」の展示の概要について教えて頂けますでしょうか。
難波さん: 私たちの博物館は、カバンにまつわる5つのテーマで構成されています。まず導入部では「カバンの歴史」をご紹介しています。古代からさかのぼり、中世、近世、近代、現代と、カバンがたどってきた歴史を紐解きます。次に「カバンのひみつ」のコーナーでは、一つのスーツケースを解体してどんなパーツで出来ているかを知ることができます。
そしてこの博物館のメインである、カバンで五大陸をめぐる「世界のカバンコレクション」。次に著名人から寄贈されたカバンで構成された「わたしのカバン」。そして「企画展示エリア」と続きます。
上階には、エース創業者である「新川柳作記念館」も併設されており、カバンの開発に奔走した新川柳作の生涯とその事業、ヒット商品などを展示していますので、併せて見て頂けるとカバンの歴史をより深く理解することができると思います。来場される皆さんは、約1時間以上かけて展示を見られているようです。
前回のインタビューで、カバンの歴史はまとまった文献や研究が少ないとお聞きしていました。カバンの歴史は各国でも異なると思いますが、これをまとめるのは大変だったのではないでしょうか。
難波さん: はい。創業者が影響を受けたドイツ・オッフェンバッハ市の「皮革博物館」でも、展示されていたカバンは10点程度しかなかったと聞いていますので、世界的にもカバンの歴史にまつわる資料は少ないと思います。
ただひとつ言えることは、古代より人間が「モノを運ぶ」際に不可欠だったカバンは、常に文明の発達とともに進化してきたということです。特にカバン史で注目したいのは、19世紀頃の産業革命が起こった時代です。カバンが工業製品として様々に商品化され、一般の人たちにも革製品などが広がっていきました。
同時に、移動手段としての蒸気機関車や船舶といった交通機関が発達したことは、カバンにとっても大変大きな出来事だと思います。今まで特別な人たちのものだった「旅行」が、船や列車によって大衆化していきました。馬車から車へ、船や列車へ、そして飛行機へと、ヒトと荷物を運ぶ手段や目的に合わせて、カバンの大きさや機能、素材も進化していきました。
従者に運ばせていた大型のワードローブトランクから、個人が持つ小型トランク、そしてスーツケースに進化しました。また軽量なナイロン素材が登場し、ボストンやリュックなどカジュアルアイテムも誕生します。こうして皆さんがよく知っているカバンへと、連綿とつながって来ました。
歴史の陰にはカバンありと言えるほど、人間の「より遠くへ、より早く」という欲求に応じて、様々に姿を変えてきた存在だと思います。
2館内のコレクションの見どころは
とても興味深いですね。移動手段と共にカバンが変化してきたというのは、意外と知られていないことかもしれません。特にナイロンカバンを日本で最初に開発したのは、創業者である新川柳作氏であると伺いましたが。
難波さん: はい。1950年代にナイロンが未知の素材と日本で言われていた時に、創業者が真っ先にナイロンをカバンに応用しました。紆余曲折の末に開発したのは、シンプルなボストンバッグでしたが、当時はカバンの歴史を変える「一大革命」とも言われるほど画期的な製品でした。
その後も、日本で初めて横文字をデザインに取り入れた「マジソンバッグ」の開発や、まだ珍しかった合成皮革製のカバン、また国内初のスーツケースを完成させるなど、常に新しいことにチャレンジしてきました。
この開拓者精神のDNAは、脈々と社内に引き継がれていると思います。
エースさんのスーツケースへのこだわりは世界一とも伺います。北海道の赤平工場を紹介した「カバンのひみつ」のコーナーは、小中学生にも人気と聞きますね。
難波さん: そうなんです。こちらのコーナーでは、ひとつのスーツケースを分解して、いかにたくさんのパーツから成り立っていることをお伝えしています。
子供たちが見ると「こんなに数が多いんだ!」といつも驚いています。またエース赤平工場の紹介動画も流して、国内生産のスーツケースは、こうした丁寧な仕事を経て作られていることを知っていただいています。
売場で販売している方でも、こういった知識は知られていないと思います。学生のみならず、大人も勉強になります。
難波さん: こちらのフロア中央が「世界のカバンコレクション」で、この博物館の一番の見どころです。ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、オセアニア、アジアの五大陸からのコレクションが一同に集まっています。
他では決して見られない希少なコレクションが、一同に展示されています。例えばヨーロッパ編では、かのサルバトールダリと仏ランセル社とのコラボレーションで作られた、「ダリグラム」模様のオーバーナイトバッグ。そして西側諸国が大会をボイコットした、1980年のモスクワオリンピック記念のスポーツバッグまで。旧ソ連製なのでこれも大変珍しいものです。
様々なコレクションがありますが、館内ではぜひ「世界のカバン博物館専用アプリ」をご使用いただきながらご覧ください。ヨーロッパ、アメリカ、日本のコレクションの解説を、音声ガイド付きで聴けるので大変好評です。
3 学生たちの作品展や卒展なども開催
なるほど、アプリであれば好きな時に解説が見られるのでいいですね。博物館もDXが不可欠な時代と言えそうです。また今年1月から3ヶ月間、開催された企画展が好評だったと伺いました。
難波さん: そうなんです。「世界のカバン博物館」の企画展示ゾーンで、東京藝術大学美術学部デザイン科の1年生44名が制作した作品展「2021 モチハコブカタチ展」を、今年の1月30日から3月13日まで開催しました。「10年後、私たちは一体何をモチハコブのか」という問いに学生たちが答えた、次世代の「モチハコブカタチ」をデザインし提案してもらいました。また文化服装学院のバッグデザイン科や杉野服飾大学ファッションプロダクトデザインコースの方々による、卒業制作展も例年実施しております。
博物館と学校がタッグを組んで、イベントを企画するというのも珍しいケースですが、来場した方に楽しいと思ってもらえる「エンターテイメント性」を付加させていくのも、これからの博物館の運営には不可欠なことであると考えています。
新しい博物館のあり方を垣間見ることができ、大いに学びになりました。博物館がエンターテイメントにあふれた場となることを今後も楽しみにしております。
以上、「世界のカバン博物館」の館長・難波敏史さんにお話しいただきました。インタビューの後編は以上です。