ブックガイド
靴物語いろいろ
人は裸足で生まれ、靴を履いて成長する。長い人生、日々の暮らし、喜びの時や悲しみの瞬間、家族や友人や恋人との時間を共にする靴は、物語を彩るツールとして様々な形で登場する。人は、足だけでなく、頭でも靴を履く──。
1:靴ひも
ドメニコ・スタルノーネ著
関口英子訳 新潮社発行(2017年)
イタリアの家族小説。40年という時の移ろいを、夫、妻、2人の子供、それぞれの視点で描くミステリー仕立ての心理ドラマであり、時代や社会と共に変化する家族の関係性と感情の描写に引き込まれる。物語の中盤、さりげなく語られる“靴ひも”のエピソードが印象的で、それは最終章でも繰り返され、家族(というもの)の未来を暗示する。たかが靴紐、されど靴紐。細いけど頼れる適応・調和のためのタイトロープなのだ。
2:言の葉の庭
新海誠著
カドカワ発行(2014年)
「君の名は。」「天気の子」のアニメーション監督、新海誠の2013年作品「言の葉の庭」を自身がノベライズ化した青春小説。主人公は靴職人を目指す高校生。年上の女性との淡い交友と、彼女のために靴をつくる日々を、みずみずしい言葉と情景で描く。それは愛でも恋でもない、孤独の中で誰か、何かを希求する”弧悲(こい)”の物語であり、いかにも若き靴職人にふさわしい心の在り様に思える。
3:陸王
池井戸潤著
集英社発行(2016年)
「下町ロケット」や半沢直樹シリーズでおなじみ、池井戸潤得意の”ビジ根(ビジネス根性)“物語・靴版。苦境にあえぐ老舗足袋メーカーが起死回生を図るためにランニングシューズの開発に取り組む波乱万丈のストーリー。「カネがなければ工夫で勝つ」「提供するのはシューズだけどシューズじゃない。魂だ」等々、靴企業、中小企業を泣かせるセリフも満載。2017年にはテレビドラマ化された。
4:イタリアン・シューズ
ヘニング・マンケル著
柳沢由実子訳 東京創元社発行(2019年)
“北欧ミステリーの帝王”と称される人気作家が2006年に発表した作品の翻訳本。孤島に住む男が、思いもよらぬことから、かつての恋人との約束を果たすために旅に出る。一種の家族小説なのだが、濃厚にミステリー風味が漂う。人生や家族こそが最もミステリアスな存在だ、と言うかのように。ラスト、娘の恋人のイタリア人靴職人から一足のジャストフィットの靴が届く。その心地よさが男の孤独を慰め、明日を暗示する。続編「スウェーデンのゴム長靴」の日本語訳が待ち望まれる。
5:ボーイズ・ビー
桂望実著
小学館発行(2004年)
母親を亡くした幼い兄弟と周りの大人たちの心温まる物語。中でも、兄弟を“心ならずも”元気づけてしまうガンコで偏屈な靴職人、園田栄造・70歳の存在感がたまらない。靴づくりの描写、メーカー倒産の話、浅草の革屋の話、靴づくりオタクのエピソードなどリアリティ感満載。それもそのはず、作者の桂望実は婦人靴チェーンや大手靴メーカーなどのОL生活を経て作家になった人なのだ。
6:美しい足に踏まれて
ジェフ・ニコルソン著
雨海弘美訳 扶桑社ミステリー文庫(2003年)
足フェチ靴フェチの主人公、美しい脚のヒロイン、異様なまでにフェティッシュな靴をつくる靴職人、3人の間に起こる殺人事件。ただしミステリーらしくなるのは全32章のうち後半24章から、それもありきたり。だが前半は、靴とエロチシズムの関係、靴フェチ映画紹介、シンデレラ物語の解釈、纏足の考察、靴フェチの社会心理──多彩でためになる?話がいっぱいの足&靴フェチ教養小説だ。
7:人は何で生きるか
レフ・トルストイ著
北御門二郎訳 あすなろ書房発行(2006年)
文豪トルストイが子供たちに語り聞かせるために執筆した民話。貧しい靴屋が助けた青年は実は天使であり、神が「人の心の内にあるもの、人に与えられてないもの、人は何によって生きるか」を悟らせるために人間界に遣わした。青年は靴づくりをコツコツ行いつつ6年の時をかけて神の問いを解き明かしていく。人は心に愛を宿し、天命に従い、人を愛することによって生かされている──と。蛇足:天使は靴づくりが靴屋の親方よりも上手だった。
8:薬指の標本
小川洋子著
新潮社発行(1994年)
静謐で透明な筆致で描く美しいファンタジー。あるいは、怪しい標本研究所が舞台のフェティッシュなラブストーリー。「毎日その靴をはいてほしい。とにかくずっとだ。いいね」。研究室の標本技師から主人公に贈られたハイヒールは日に日に足になじみ、身も心も靴と一体となっていく。やがて女は静かに標本室の扉をノックして──。靴の本質と魔力を掘り下げた“靴文学”の傑作と言えよう。2005年にはフランスで映画化され、翌年秋、日本でも公開された。
9:ユルスナールの靴
須賀敦子著
河出書房新社発行(1996年)
「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ」と思い続け、足にぴったりの靴を捜し得なかった筆者。それは不充足な人生を象徴するものであった。その思いを秘め、敬愛する20世紀フランスを代表する文学者、ユルスナールの生きた軌跡を辿る。長い旅の末に、図らずも見つけたユルスナールが最晩年に履いた靴。それはいかにも履き心地のよさそうなボタン止めの子供靴のような靴だった。筆者は穏やかに述懐する。「私も、年を取ったら、小学生みたいな、やわらかい革靴をはきたい」。
10:木靴(サボ)の山
井伏鱒二著
筑摩書房発行(1959年)
文豪、井伏鱒二は「山椒魚」「駅前旅館」などユーモラスな作品を数多く著している。この作品もその一冊。戦後のどさくさ時代、井伏の故郷・広島県安芸郡(現・福山市)にほど近い下駄の産地、松永は不況にあえいでいる。一方、東京は極端な物資不足であり、一獲千金を狙う怪しげな人がうごめいている。そんな世相を背景に、これからは下駄より靴の時代、革は無いけど木材はある、だったら西洋風の木靴を作れば大儲け、といった思惑で動く人々のドタバタぶりを描いた快作。昭和20年代の世相風俗、下駄の松永の様子が興味深い。
11:赤い靴
大山淳子著
ポプラ社発行(2018年)
「猫弁」や「あずかりやさん」でおなじみの作者が、ガラリ作風を変え血みどろホラーの世界に──と思わせる出だし(目の前で母親が頭をたたき割られて惨殺!)、次は女スパイ養成物語風(10年間人知れず山中でサバイバル&アカデミックな教育を受け!)、やがて壮大な復讐サスペンス劇(総理大臣まで登場する!)となり大団円。まるでコミック本のノベライズ?とにかく荒唐無稽だが、めっぽう面白い。教訓1:赤い靴は運命の靴、贈り物には要注意。教訓2:夜に新しい靴を履き下ろすのは凶。
そのほか、こんな本も ──
新しい靴を買わなくちゃ
北川悦吏子著
幻冬舎文庫(2012年)
折れたヒールから始まるパリが舞台の恋物語。同名映画のノベライズ
いつか想いあふれても
カフカ著
セブン&アイ出版発行(2018年)
ツイッターで人気が広がった心温まる19人の物語withシューズイラスト
この靴、なげたい
中居真麻著
徳間書店発行(2014年)
6人の登場人物のストレス物語と、それぞれの人物と靴のエピソード集
マノロブラニクには早すぎる
永井するみ著
ポプラ社発行(2009年)
ファッション誌編集部を背景にした新入社員の成長物語、そしてミステリー
リペア
吉永南央著
中央公論社発行(2012年)
革製品修理工房のリペア職人の過去の記憶と殺人事件が10年後によみがえる
靴を売るシンデレラ
ジョーン・バウアー著
灰島かり訳 小学館発行(2009年)
全国靴チェーンで働く天才的な販売センスを持つアルバイト女子が大活躍
シティ・マラソンズ
三浦しおん・あさのあつこ・近藤史恵著
文芸春秋発行(2010年)
都市とアスリートの三つの物語。迷い、悩み、支えられ、靴と共に歩んでいく
もういちど走り出そう
川島誠著
マガジンハウス発行(1994年)
400メートルハードルのランナーが主人公の疾走感のある青春小説
飛鳥のガラスの靴
島田荘司著
光文社文庫(1995年)
飛鳥の古代伝説×シンデレラ物語をモチーフにした殺人事件=犯人は外反母趾⁉
雨が降る靴
川村真澄著
河出書房新社発行(1989年)
「この靴をはくと、かならず雨が降るの」と彼女はカリフォルニアに旅立つ
新しい関係
川西蘭著
ミリオン出版発行(1992年)
フェティシュなポルノグラフィ。その主役は脚とヒールと美少女たち
婦人靴
(百年文庫「店」所収)
石坂洋次郎著
ポプラ社発行(2010年)
靴職人と女工の恋を描いた映画「チエミの婦人靴」(1956、東宝)の原作小説
履き忘れたもう片方の靴
大石圭著
河出書房新社発行(1994年)
シーメールの少年の官能と虚無。ハイヒールに秘められた喪失感が濃い
お咲ちゃん
海老名香葉子著
徳間書房発行(1997年)
白い高靴(ハイヒール)の思い出を残して満州に渡った幼馴染への鎮魂歌