靴暦365靴版・今日は何の日カレンダー

靴暦365 9月

9月

9/1   防災の日

1882(明治15)年
乃木大将発案の"左右のない靴"を東京鎮台歩兵第1連隊が使用。兵士には不評で継続せず
1923(大正12)年
関東大震災。浅草などの靴工場も多大な被害を受け、一時的に生産が止まる。一方で、地下足袋がブーム的に販売を伸ばした
1964(昭和39)年
東京都靴製造団体連合会、東京靴団連(池田和夫会長)など設立される
1966(昭和41)年
東京都靴卸協同組合、靴の共同配送事業に着手
1988(平成元)年
アサヒコーポレーション石橋徳次郎社長、「足型の変化と靴への応用研究」により久留米大学から医学博士号を受ける
関東大震災
地下足袋

関東大震災で東京の下町は壊滅状態に。靴工場なども大打撃。
反面、底を強化した地下足袋が飛ぶように売れた。

9/2

1946(昭和21)年
三角くじ発売、商品に児童運動靴など
1992(平成4)年
銀座ダイアナが「9(く)2(つ)の日」キャンペーン

9/3

1943(昭和18)年
大蔵省、戦時衣生活簡素化のひとつとして、靴にかわり下駄や草履での登庁を許可
1965年
ハリウッド俳優、チャーリー・シーン誕生。90年代にマドラス「モデロ」のテレビCMシリーズに出演していた
1966年
フェッティッシュな写真、映画のプロデューサーとして50年代アメリカで“ピンナップキング”と呼ばれたアーヴィング・クロウ死去(55歳)
戦時下の統制で革靴は製造禁止状態に。代わって下駄が幅広く履かれた

戦時下の統制で革靴は製造禁止状態に。代わって下駄が幅広く履かれた

9/4

1821(文政4)年
歩測で日本地図を完成させた伊能忠敬の死が発表される。実際には1818年4月13日に死亡
1976(昭和51)年
東京靴メーカー協会の欧州靴市場およびミラノ、パリ見本市視察団58名が出発
伊能忠敬が徒歩計測で完成させた日本図

伊能忠敬が徒歩計測で完成させた日本図

9/5

1638年
ヒールのある靴を履き脚線美を誇った太陽王、ルイ14世誕生。次のルイ15世の時代に今に伝わるルイヒールが広まる
1943(昭和18)年
埼玉県、女生徒の靴履きを禁止し、下駄履きに
ルイ14世の肖像画の足元
ルイヒール

ルイ14世の肖像画の足元(左)。やがてルイヒール(右)のパンプスとなっていく

9/6

1945(昭和20)年
戦後初のニュース映画が上映される。この頃、映画館の座席シートが無断に切り取られ靴磨き用の布として使われた
1970(昭和45)年
マレーネ・デートリッヒが来日し、万博ホールで公演。66歳の脚線美で観客を魅了した

9/7

1930(昭和5)年
東京靴同業組合の第2回商品見本市、読売新聞講堂で開かれる。以後、昭和12年まで年2回のペースで開催される
コンテストなども開かれ盛況だった東京靴同業組合商品見本市

コンテストなども開かれ盛況だった東京靴同業組合商品見本市

9/8

1947年
サルバトーレ・フェラガモ、ファッション界のオスカーといわれるニーマン・マーカス賞を透明ナイロン糸を使った“見えない靴”で受賞

9/9

1952(昭和27)年
靴・カバン・おもちゃ・ゴム靴など東京商品の総合見本市、蔵前国技館で開催。3日間で15,000人が来場
1957(昭和32)年
東都靴工業協同組合、“売れる靴”コンテストを開催

9/10

1959(昭和34)年
アメリカの皮革産業視察団出発
1994(平成6)年
東京・巣鴨で日本初の「死に装束のファッションショー」開催

9/11

1976(昭和51)年
足袋やゴム靴の日本ゴム(アサヒシューズ)の2代目経営者であり、ブリヂストンタイヤの創業者、石橋正二郎死去(87歳)
石橋正二郎(1889~1976)

石橋正二郎(1889~1976)

9/12

紀元前490年
ギリシャ・マラトンの戦いでフェイディピアデス、伝令として42キロを走破、マラソンの起源となる
1819年
プロイセン王国の軍人であり、ワーテルローの戦いでナポレオンを破ったブリュッヘル将軍死去(77歳)。外羽根式紐靴・ブラッチャー(ブルーチャー)の考案者としても名を残す
ブリュッヘル将軍
外羽根式紐靴

外羽根式紐靴の考案者とされるブリュッヘル将軍

9/13

1909(明治42)年
東京靴同業組合(高橋誠治組合長)設立総会開かれる(設立認可は翌1月20日)。組合員650名
1912(大正元)年
左右同型ブーツ発案の乃木大将、明治天皇崩御に殉死
1974(昭和49)年
産業構造審議会の答申で国内産業の「知識集約型産業」への転換を提唱

9/14

1927年
20世紀を代表するダンサー、イザドラ・ダンカン事故死(50歳)。舞踏だけでなく身体表現の形も変えたといわれるモダンダンスの祖、あだ名は「裸足のイサドラ」
20世紀を代表するダンサー、イサドラ・ダンカンは死後も数々の映画などで描かれた

20世紀を代表するダンサー、イサドラ・ダンカンは死後も数々の映画などで描かれた

9/15

1939(昭和14)年
日本機械製靴工業組合設立
1944(昭和19)年
宮崎・都城の23連隊補充隊の入隊支給品が軍靴ではなく地下足袋となる

9/16

1914(大正3)年
詩人、高田敏子誕生。靴デザイナー・高田喜佐の母堂
生活の中の詩、子供の詩が有名だった詩人・高田敏子

生活の中の詩、子供の詩が有名だった詩人・高田敏子

9/17

1954(昭和29)年
映画「麗しのサブリナ」日本公開。オードリー・ヘプバーンのトレアドルパンツ、サブリナシューズスタイルが流行
1957(昭和32)年
イタリア大使館の招待により、日本靴連盟から木内豊助など3人がバーリ市見本市、ヨーロッパ4か国の靴産業視察に出発
1975(昭和50)年
大塚製靴、天皇・皇后の初の訪米(9月30日~)に際し、天皇お召靴8デザイン10足を納入
イタリアの新聞にも取り上げられた日本からのイタリア靴産業視察

イタリアの新聞にも取り上げられた日本からのイタリア靴産業視察

9/18

1909(明治42)年
東京靴同業組合(高橋誠治会長、組合員650名)創立
1939(昭和14)年
革や靴の公定価格が設定される
製靴、手工職人、販売、修理、幅広い業種が集い設立された東京靴同業組合

製靴、手工職人、販売、修理、幅広い業種が集い設立された東京靴同業組合

9/19

1888年
ベルギーでヨーロッパ初の美人コンテスト、応募者350人
1945(昭和20)年
商工省、GHQ(連合軍総司令部)に皮革・ゴムなどの民間向け製造使用開始を申請。9月25日に制限付き許可される

9/20

1948(昭和23)年
雑誌「(美しい)暮らしの手帖」創刊。51年10月より「暮らしの手帖」に改題
1994年
ワシントン連邦会議議事堂前で銃規制をアピールするサイレントマーチが行われ3,800足の靴が並べられた
1977(昭和52)年
90年代にミニスカート、厚底ブーツのアムラーファッションを生み出した歌手、安室奈美恵誕生
死者を悼んだり、政治への抗議などに靴を並べて行うサイレントマーチ

死者を悼んだり、政治への抗議などに靴を並べて行うサイレントマーチ

9/21

1927(昭和2)年
三越がファッションショーを開催

9/22

1931(昭和6)年
第1回日本手工製靴競技会、東京・日比谷で開催される
1958(昭和33)年
日本靴貿易協会(木内豊助会長)創立
死初めて全国規模で行われた製靴技術競技会

初めて全国規模で行われた製靴技術競技会

9/23

1952(昭和27)年
デパート納入業者の東京百貨会(磯畑弘太郎会長)創立
2014(平成26)年
ファッションデザイナー、ヨーガンレール死去(70歳)。天然素材、手仕事の持ち味を生かしたブランド展開と自然を愛する生き方が支持された

9/24

1988(昭和63)年
滋賀・野洲川河原で220万年前のステゴドンゾウの足跡の化石が発見される
2000(平成12)年
シドニー五輪、女子マラソンで高橋尚子が金メダル

9/25

1762(宝暦12)年
医学者、山脇東洋死去(56歳)。日本で初めて人体解剖を行い、近代医学の端緒を打ち立てた
1968(昭和43)年
伊勢丹、初の男のデパート「男の新館」オープン
初めて人体解剖を行った山脇東洋が残した解剖図

初めて人体解剖を行った山脇東洋が残した解剖図

伊勢丹男の新館は、イセタンメンズとして今も人気を集めている

伊勢丹男の新館は、
イセタンメンズとして今も人気を集めている

9/26

1971(昭和46)年
東京靴木型組合が木型の合同供養を行う
1972(昭和47)年
阪急ブレーブスの福本豊外野手が105盗塁を達成。以後、足に1億円の保険をかける

9/27

1923(大正12)年
日本製靴労働組合、関東大震災の救助金を要求して労働争議
1967(昭和42)年
浅草センター見本市の20%がブーツの成約。以後、昭和44年までブーツ成約は増加、44年は40社で70万足を受注
1995(平成7)年
タレント靴職人、花田優一誕生
靴業界の高度成長期を象徴するかのようなセンター見本市会場

靴業界の高度成長期を象徴するかのようなセンター見本市会場

9/28

1945(昭和20)年
政府、軍用素材による民需品生産許可品目を発表。皮革、ゴムも許可品目となる
1988(昭和63)年
タレント、ニュースキャスターで2015年のベストレザーニスト、ホラン千秋誕生

9/29

2007(平成19)年
アシックス創業者、鬼塚喜八郎死去(89歳)。終戦直後の「青少年がスポーツに打ち込めるいい靴を作ってほしい」との要望に一心不乱に応えた生涯だった

9/30

1955年
映画スター、ジェームズ・ディーン死去(24歳)。ジーンズ+スニーカーの若者ファッションにも大きな影響を与えた
1975(昭和50)年
天皇・皇后訪米。大塚製靴が天皇用の靴、8デザイン10足を製作納入
2002年
独・フロイデンベルグ社、皮革部門を閉鎖
カールフロイデンベルグの革を象徴する紋章

カールフロイデンベルグの革を象徴する紋章

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